車5

交通事故にあった後、我に返ってみると「あれ?なんともない…良かったー」と思って仕事が忙しいから、とか今急いでるから、といってそのままにしていたら後日…とんでもない目に!事故直後は自覚症状のない怪我が、後からの入院や事故相手への対応で最悪の結末に発展してしまうこともあります。

今回の記事はそんな交通事故後の後遺症から起こったトラブルの体験談です。

交通事故で足切断!その後どうなるの?

学校から帰る途中に起こった事故

大学受験を控えた高校3年生の秋、放課後の勉強を終え、私はいつものように原付バイクで自宅へ帰っていました。

学校を出て2キロほど離れたところに大型デパートがあり、私はいつもそのデパートの出入り口と隣接している市道を通って帰るのですが、その出入り口に差し掛かる15m程手前で突然デパートの駐車場から白い車が飛び出してきたのです。一旦停止もせずに、しかもバックで!

私は当然何とかぶつからないようにギリギリのところでかわそうとしましたが、間に合わずに少しかするような形で車と接触してしまい、その後バランスを崩して転倒してしまいました。

間違いの始まり

その一瞬私は頭が真っ白になり、はっ!と気が付いた時には左足がバイクに挟まり倒れた状態でした。接触した車を運転していた男性が急いで降りてきて「すいません!大丈夫でしたか?」といって心配そうな様子で駆け寄ってきたので、急いで立って対応しなければと思いバイクを起こして立ち上がったところ、これといってどこも痛みがなくバイクもこすった程度の傷だったので「全然大丈夫ですよ!大丈夫大丈夫!」と言って男性に笑いかけ、大丈夫だからそんなに大事ではないですよ、とアピールしてしまいました。

男性はほっとした様子でその場を去っていったのですが。今思えばそれが間違いの始まりだったのです。

母の心配、そして次の日

事故の後、目立った外傷もなく痛みも感じなかったのでそのまま家に帰った私は、事のあらましを母親に報告しました。母親は「本当に大丈夫か」「病院に行った方がいい」ととても心配していたのですが、当時若かった私は「怪我はなかったから大丈夫」といって、母親の心配を煩わしいとさえ感じていたのです。

次の日、母親の心配をよそに私は何もなかったかのように学校へ行き、友達に自慢するかのように事故のことを話のネタにして盛り上がっていました。後に地獄の様な痛みを味わうことも知らずに。

徐々に襲ってきた左膝の痛み

事故の話もひとしきり終わり授業は5時間目が始まろうとしていた頃、左足の膝に何か違和感があるような気がしました。私は気のせいだろうと、次の授業に遅れないように準備して教室へ向かいました。そして授業が始まり、10分、20分、時間が経つごとにだんだん膝の違和感が大きくなり、30分経つ頃には痛みに変わり、授業が終わる前にはそれは激痛に変わっていました。

激痛で気絶して救急車で搬送される

あまりの激痛に顔は青ざめ、冷や汗でびっしょりになり、左膝を見ると通常時の1.5倍ぐらいに腫れあがっていました。私は激痛と腫れあがったショックで気絶してしまい、そのまま救急車で学校から病院へ搬送されました。

「コンパートメント症候群」

気が付いた時には病院のベッドの上で、痛み止めを打った後のようでした。すぐそばには母親が気が付いたことに安心した様子で肩をなでおろしているのが見えました。発症した疾患は「コンパートメント症候群」という病名で、打撲や骨折などがきっかけで起こる出血で筋腱神経組織が壊死してしまう障害だそうです。

痛み止めがきれると激痛で泣きたくなるほどで、その度にナースコールを押して看護師さんに座薬を入れてもらうのですが中々効かず、2~3日は痛みとの闘いが続きました。

入院後の弊害その1

「コンパートメント症候群」を発症してしまった私は3週間の入院を余儀なくされ最初は「学校に行かなくてすんでラッキー」などと楽観的に考えていたのですが、進学校ということもあり高校3年生の授業の進み具合は尋常じゃなく、お見舞いに来てくれる友人の話では到底追いつかないほどに遅れてしまっていました。

大学受験を考えていた私は急に焦りを覚え、学校の授業や補修には着いていけなくてもせめてベッドの上で受験勉強だけでも頑張ろうと励みましたが、足の痛みやリハビリの苦しさなどで全然はかどりませんでした。後日、そのことが原因で結局志望大学のランクを下げる羽目になってしまいます。

入院後の弊害その2

それだけではありません。入院からしばらくたったある日、主治医の先生から「リハビリ後は運動は可能になるが、可動域が制限されるなどの後遺症が残る可能性がある」との報告を受けました。部活や趣味でマラソンをしていた私はその報告にとてもショックを受け、その場で泣きだしそうになっていました。

結局はリハビリを死ぬ気で頑張って何とか完治に近い状態までもっていったのですが、事故が原因で33歳となった今でも全力で走ったりするのはとても勇気がいり、昔ほど容易ではなくなってしまっています。

入院後の弊害その3

また、治療費等は保険で対応できましたが、保険対応できない部分もあり、更に両親の看病に伴う毎日の駐車場代や病室のテレビ代など細かなところまで計算するとかなりの出費となってしまいました。その額は数十万に上りました。

事故後の対応を怠ったこと

上記でご紹介しました内容は全て、事故後の対応を怠ったことが原因で起こった弊害です。事故後外傷がなくどこも痛くなかったとしても、ちゃんと病院に行っていればもしかしたら早い対応のおかげでコンパートメント症候群という疾患は発症していなかったかもしれません。

そしたら学校の授業に遅れることもなく勉強できて第一志望の大学に合格できていたかもしれません。リハビリをしなくても完治して、今でも全力でフルマラソンを走れていたかもしれません。たとえ入院していたとしても、事故の原因となった運転手の男性とのやり取りをしっかり行っていれば、相手の過失ですので医療費はもちろんその他の費用も全て負担してもらえていたはずです。

親にも心配をかけず、お金の負担もかけずに済んだはずなのです。

結論!事故にあったら必ず相手としっかり話し合い、病院に行く。

事故にあったら、それがたとえどんなに軽い事故でどんなに大丈夫そうでも、その時がどんなに忙しくて、どんなに急いでいても、必ず相手としっかり話し合い、病院に行く。そうすることで未然に防げることが沢山あるんだということ。

これがまだ若くて何かと面倒くさがりだった私が当時学んだ結論です。